歯科衛生士の婿

歯科衛生士話は少なめ。主にクルマと仕事のこと。

マーケティングオートメーション、導入失敗の教科書

僕の仕事は企業のデジタルマーケの中の人なのだけど、少し前までマーケティングオートメーション(MA)の構築に取り組んでいた。

当時、僕にとっては初めてのMA導入という事もあり、色々失敗もあった。

 

しばらく時間を置いて見ると失敗の原因がはっきりしてきたので、これからMAを導入したいという方と自らの備忘のために失敗する方法を書き起こしておこうと思う。


MAはシステム開発だと認識しない事

MAベンダーのデモやセールスを鵜呑みにして、マーケティング部門だけで構築、運用が可能だと思い込む事は失敗への近道である。
メールパブリッシャーやCuenoteのような配信ツールをマーケ部門で個別に持っている場合は特にそうだが、メール配信自体は簡単な操作でできるため、メールのオートメーションぐらいなんとかなるだろうと思う。
思う事は勝手だが、残念ながらMAの構築はほぼシステム開発である。

ベンダーのデモではGUI環境でマウスでポチポチすればシナリオが出来上がるように見えるが、実際にはそのためのデータの設計やスクリプト、HTMLを使った開発が必要だ。
マーケ部門だけで開発を実行できるなら問題ないが、そのような人材がマーケにいる事は稀で、マーケ部門だけで事を進めると開発部分でつまづき、ただのメール配信ツールだけが残る事になる。


システム部を巻き込まない

前項と被っているが、システム部を巻き込むタイミングが重要だ。
マウスでポチポチできると思っていたら開発が必要でした。システムさん助けて、だど確実に犠牲者が出る。
MAはツールによって開発する箇所も微妙に違ってくるので、システムにはどのようなリソースをいつ当てるかという検討をしてもらわなければならないし、マーケ部門がシステム開発のイロハを知っているわけではないので、システム部には最初から入ってもらう方がいい。
いつ頃着手すればいつ頃から運用開始可能か、システム部門と合わせていく必要がある。


シナリオを考えていない

MAのキモとなるのはシナリオである。
仮説に基づいたシナリオ設計がなければ、MAを導入する意味はないかもしれない。
○○ページを見た人にこのパターンのメールを送る。
この程度の事はもしかしたらメール配信ツールと手動の設定でできる。

高価なMAツールを導入する事でのリターン、つまりROIをはっきりさせておがなければならない。
ECでなければ、リターンは測りにくいが、それでも既存のメールツールではできない事、手動でやる事との比較はできるはずだからそのあたりから始めれば良い。
本当にMA必要?入れたらどうなるの?という問いにはっきりと答えられないなら導入は見送るべきだ。
たぶん、無駄なツールだけが負の遺産として残る。


最初からなんでもできると勘違い

前項でも述べたが、MAで重要なのは仮説に基づいたシナリオ設計である。
シナリオを組んで回してみて、実績と仮説の乖離をみて修正していく。つまりベースとなるシナリオをPDCAの中で磨いていくという事だ。
しかし、ベンダーのデモに魅せられただけのダメなマーケターは(僕の事)、なんでも最初からできると思い込み、PDCAベースではなく、理想だけを描いて進めてしまう。
この場合、PDCAがうまく回らず、すべてのシナリオが中途半端に何も生み出さないという事実と向き合う事になる。


PDCAの設計が甘い

仮説とそれを確認するためのシナリオがあってもPDCAが回らなければ意味がない。
PDCAが回らないのは設計が甘いのが原因だ。
とりあえず回してみて結果の数字見てから考えましょうと言っている場合、十中八九PDCAは回らない。
回避はさほど難しい事ではなく、仮説があるのだから、KPIと目標値を設定すればいい。
やった事のない施策や手法であれば数値感がないのは仕方ないので、最初はエイヤっと決めてしまってもいい。
できればMAの知見のある人に見てもらうのがいいだろうが、実はあまり知見のある人というのはいない(あると言っている人は沢山いる)。決めないよりは100倍マシなのでとにかく何かしらの目標持つ事が重要だ。

 

 

上司の期待を上げすぎる

MAは万能、なんでもできる、今の課題は全て解決できる、コストも下がる。
ここまで言うのはさすがにやりすぎだと思うが、いずれにせよ期待値コントロールは必要だ。
なんでまだ成果が出ないのか。成果はこれっぽっちしかないのか。と上司に詰められる前に、MAはPDCAを回して育てていくものだから、最初はこんなもん、と思わせる工夫が必要だ。
もちろん期待値コントロールだけではなく、ちゃんとPDCAを回して成果を上げていくように努力は必要だが、途中で水を差されて予算を削られても困るので、正当な評価をされるようにしていかなければならない。

 


以上が僕の反省である。
なんの事はない、普通のシステム開発の話である。
が、おそらく似たような失敗をした人は多いはずだ。
おそらく原因はシステム部門ではなくマーケ部門が旗振りをしているからなんじゃないかと思っている。
システム開発の勘所のない人間がシステム開発案件を取り仕切るのはかなりリスクを伴う。
MA導入には初期段階から開発案件としてシステム部門を巻き込む事が何より重要であったように思う。


マーケ部門にもシステム開発の基本は学んでもらわないと、これからのビジネスはきついだろうなあ、と思うのでした。
長い駄文にお付き合いくださりありがとうございます。

 

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イジメやブラック企業から逃げる、という言い方はやめるべき

イジメやブラック企業で鬱に、という話題が出ると、必ず「逃げろ」という話が出る。

 

僕はこの意見には賛成だ。
いじめっ子に付き合う必要も、仕事のために人生を無駄にする事はない。
方向性としては賛成。

しかし、「逃げる」という言い方はどうにかならないものか。

いじめられっ子なんて何も悪くないはずだ。
なのになぜ逃げなければならないのか。

逃げるという言葉は、やはりマイナスイメージが強い。
何も悪くないのに逃げた、となるとその子は「自分が弱いから逃げた」と自己否定の原因にならないだろうか。

実は自分がそうだった。
僕は小学校高学年と中学の一時期、イジメにあっていた。
中学で一時期しかいじめられなかったのは、姉がかなりの美人で姉のファンが3年生にいたから。
僕自身が3年生になると、体も大きくなってイジメはなくなった。
イジメの内容は田舎のクソガキが思いつくことだ。仲間はずれ、机に花瓶、持ち物を隠す、壊す、変なあだ名。
直接的な暴力も幾つかあった。

最初はくだらない、と無視していたが、長く続くとさすがに堪えてきたので、僕は学校を休みがちになり、大体週に1,2回は不登校だった。学校に行っても喋らず、衆人環視の届かないところにはいかないようにしていた。

要は逃げたわけ。

幸いにして高校はそれなりの進学校に入ったので、そういった類の連中はおらず、穏やかな3年間を過ごすことができた。

しかし、今になっても「逃げた」という事が心のどこかに引っかかったまま。
今になって思えばあいつらを殴りかかるとか反撃する方法はあっただろうに、何もせずに逃げた自分が情けない。

こんな風に自分を「逃げた人間」として卑下してしまう人もいるだろう。
そうすると、「自分はダメだ」「自分は負けた人間」として自信を無くしてチャレンジできない人になってしまわないか。

だから、僕はイジメから逃げる、のではなく、くだらない人間がいない道を「選ぶ」という言い方をしたい。
くだらない人間やブラック企業なんかと付き合わない、好きな道、安心できる道を「選ぶ」。

言い方変えただけだからやってることは同じなんだけど、何か逃げるよりはマシなニュアンスじゃないだろうか。


いじめにあっている人、ブラックな職場で悩んでいる人、自分の好きな道、やりたい事に近い道を「選んで」みてはどうだろうか。

 

 

 

名刺交換がホントにアホらしくて簡略化したい

タイトル通り、名刺交換の時間が無駄すぎって話。

 

3人対3人ぐらいでやる名刺交換ならまだいい。

ただ、10人x10人でやる名刺交換なんてホントムダ。

並べ替えタイムまで含めると軽く10分超えたりするんだけど、その時間が勿体無いと思ってしまう。

 

大体、そんな大人数で名刺交換しても名前覚える必要あるんだろうか?

10人も会議に出てたら何人かは一言も喋らない。そんな奴の名刺いる?

多分退職するまでに名刺ホルダかなんかに入れられて最後はシュレッダー行き。

そんな名刺をもらうために何分も使うのは無駄だから名刺交換の時間は最低限にして欲しい。

 

先日、某大企業が最新技術を使った製品のデモに来た。

実用できるかどうかはわからないけど、研究中の技術のデモで、使えそうなら提携して一緒に開発していきましょー、ぐらいのテンション。

 

なので、幹事となるウチの社員が興味ありそうな社員に声かけて、興味あるやつは参加してねというスタンス。

大体20人ぐらい集まってたんだけど、何を思ったかその企業さん、全員と名刺交換開始。

6人x20人の大名刺交換会である。

終わったら10分たってた。

 

おれの時間返せよ。メールの処理とか会議依頼とかできたのに、多分一生会わない人の名刺もらうのに10分。

信じられない。

 

 

先日、某広告代理店と顔合わせ会議をしたのだけど、こちらは正反対。

 

名刺交換は最低限。

プロジェクトメンバーの名前とメールアドレス、顔写真がパワポの最後に載ってて終わり。

とても効率的で良い。

名刺交換の時間は窓口同士で終わってるから実質ゼロだし素晴らしかったわ。

みんなこんな感じで進める環境になれば生産性も上がりそうなもんだけど、体裁だとかにこだわってるうちは無理なんだろうなー、と思う。

本当に残念である。

 

 

 

教師のいう「社会に出たらやっていけない」 全く信用できない説

「お前そんなんじゃ社会に出たらやっていけないぞ」

 

多分高校卒業するまでに数十回は言われた言葉だ。それも複数の先生から。

 

残念ながら僕は東京で元気にやっています。

高校の時から、すぐに人を嫌いになり、すぐに飽きて別のことをやる性格は全く変わっていないけど、ちゃんと社会人としてやれている(はず)。

 

そんなことより先生方、社会に出たらやっていけいないのはそちらではありませんか?と言ってやりたい。

 

田舎教師、世間を知らず

大体、田舎の公立高校の教師というのは、高校→大学→教員試験→採用。と一直線の人生を歩んでいるので、そもそも外の世界を知らない。

高校・大学・採用まで全て地元で完結している、地方に引きこもり系教師もいる。

 

そんな人が「社会に出たらやっていけないぞ」にはなんの説得力もない。

社内を知らないのは教師自身なのだから。

 

数学の使い方ぐらい教えてよ

だから、数学教師に「数学って社会人になっても使いますか?」と聞いても答えてくれない。僕の高校の教師に同じことを聞いたことがある。帰ってきた答えは、「社会人になって使うかどうかではなく、高校生はやることに決まっている」というものだった。

その時は「ああ、特に理由はないのか」と納得はしていなかったけど、そんなものかと諦めた。

 

が、しかし。35歳になってめっちゃ使ってるんですけど、、、

今思えば、彼は数学を実務に使っている例を知らなかったんだろうね。だから決まりなんだという全く学ぶ理由になっていない答えしか出てこない。

 

しかし、数学使わないなら文系でいーや、と思ってしまった20年前の僕を叱りつけたい。社会人になったら数学の知識と感覚がこんなに大事だって、なんで先生教えてくれないんだよ!と思ったけど当たり前。

「教師は社会を知らないから、社会のことは教えられない」のだ。

 

そんな教師から「社会に出たら、、、」という言葉が吐かれるのはもはやギャグである。

日本の教育制度に問題があるのかもしれないけど、小中高でやる教育の中身になんの意味があるのか、先生方ももう一度考えたほうがいい。

 

こういう授業してほしかったなー、と思うこと

社会人になってからは特に考えることが多くなったけど、中高の各教科ではこういうことを教えてほしかった。

 

・国語

現代文においては論理的思考と論理的に書く、読んでもらう大切さと技法。

正しい慣用句や言葉遣いを学ぶ内容は良かったと思う。でも作者の気持ちを考えろとかは論理性がかけていることが多かったように思う。というか作者じゃなくて出題者の妄想を答えろ、になっていた。これは見直してほしい。

古文は現代文と全く違って文化教育だと思っているので、正直時間減らしてくれていいと思う。

 

 

・理科/化学/生物など

物質がどう変化するのだとか、基礎的な部分がしれたのは良かった。

が、学校でやる「実験」は実験ではなく体験というか実演だったんじゃないかな。仮説があってそれを証明するための行動が実験だと思っているけど、学校でやる実験は結果ありきの出来レース。

世の中の科学者が沢山失敗しながら仮説検証してるんだよ、というプロセスの一旦を見せるだけでも重要じゃないだろうか。

 

・歴史

歴史の授業は大好きだったけど、これも社会でどう役に立つの?と聞いても「趣味」と答えられたぐらいに謎科目だった。

しかし、国際化が進む今、各国の歴史を知ることはその国の人へのリスペクトを持つという意味と、失礼なことを言っちゃわないような気遣いのためには重要だと思う。

僕の女友達で、ポーランド人と付き合っている人がいるが、そのポーランド人の彼氏さんは、やっぱりドイツが死ぬほど嫌いなんだそう。うっかり飲み会の場所をドイツ居酒屋なんかにしたら、ぎくしゃくしちゃうかもしれないワケ。

そういう事態を避けるためにも、歴史って重要だな、と思う。

日本史も外国の方に聞かれて応えられるようにはなっておきたいなと思うけど、日本史未履修なのでわからない、、、幕末だけ知ってる。

 

・数学

将来役に立たなさそうな科目ランキングを作ったら、高確率で上位だと思うが、前述したとおり、数学は社会のどこで使うかわからない。

測量士になるかもしれないし、統計家になるかもしれない。パイロットや宇宙飛行士にも必要。そういう可能性を潰さないためにも「実務で使える数学」の事例でもいいから教えてほしかった。

 

・体育

最近話題になってるっぽいけど、まあ運動習慣と健康には一定の相関があるみたいなので、運動嫌いをなくす程度には体育やっておいたほうがいいんじゃないかな。

問題は身体能力が低い人が劣等感を抱かないこと。

10キロ走れる人もいれば2キロが限界の人もいる。一人ひとりの能力に合わせた目標設定をして、好きに体動かそうよ、というので十分じゃないか。

授業でやる野球も、スポンジボールとプラスチックのバットでやれば楽しいしルールも覚えられる。ガチでやりたい人は部活やればいいんだから。

 

・英語

人の発音を笑うな。

 

 

あー、書いてみたらすごい簡単なことじゃないか。

文部科学省の縛りがあるとはいえ、ちょっとのことで実現できそうなことが多いな。 

平成29年版 小学校 新学習指導要領ポイント総整理

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それは統計ではない。宣伝だ。

統計ってなんぞ?と聞かれるとあまり明確な答えはないけれど、どこかの企業が実施したアンケートやらを「統計」として鵜呑みにしてしまう人が結構いるように感じる今日この頃。

この間もランサーズのニュースリリースを「統計」と言ってた記事を見たけど、それだってランサーズは顧客増やしたいし投資されたいだろうから、何かしらバイアスかけてデータを出すのが普通のはず。それを何も考えずに数字になってるから正しい、と思ってしまうのは思考停止の一種だと思う。

 

www.lancers.co.jp

 

フリーランサーが増えた~って書いてあるけど、それ宣伝のためにやってるんだから当たり前だろ、と思うんだけど、どうやら「数字」になるとあっさり信じてしまう人は結構いるらしい。

というか僕の職場にもいる。

 

その相関はおかしい、って頼むから言ってくれ

仕事柄広告代理店との打ち合わせもあるんだけど、彼らって「ノリと勢い」みたいな感じでチャラチャラ仕事してるもんだと勝手なイメージ持ってたんだけど、結構数字出してくるんですね。

まあその数字が問題なんだけど、平気な顔して「御社の場合、広告出稿金額とコンバージョン数は相関の関係にあって」とか言い始めて、そりゃそうだろ思ってたら相関係数0.98とか言い出すのね。

え?ちょっと馬鹿にしてんの?相関係数0.9超えたらときって、なんか間違ってるとか擬似相関疑うもんじゃないの?と思ってたら、職場の同僚(43歳ぐらいのおっちゃん)が「うん、そんなもんだよねぇ」とか言い出すワケ。

おいおい、ちょっと待て待て。相手は広告代理店ですよ?広告売るために来てるんだから、出稿金額の相関なんか多少いじってくるに決まってますよ?多少どころか0.98とか統計をほんのちょっとかじった素人の僕でも怪しいと思える数字なのに、何かそんなもんだよねぇ、だ。

こんな人が世間一般で言う「大企業」で何億もの広告費を扱っているのが現状ですよ。いや恐ろしい。

 

なんで数字に弱い人多いんだろうか

 

 

なんでこんなに数字に弱いのかと考えてみたけど、多分圧倒的に「勉強が足りない」のだと思う。もちろん、中学高校では相関係数がゴニョゴニョなんていう授業はなかったと思うし、統計をやるのは文系の一部と実証をやる理系だけ。

そんでもって、こういう人たちって全然自分で勉強しない。みんな学歴はいいから、大学受験で力尽きたんだと思う。資格試験とかはやるみたいだけど、ほとんど読書もしない。

 

相関と相関を使った嘘やダマシの手口なんて少し調べればわかるのに、指摘しないのはやっぱり数字で出されて、「なんか難しそうな数字出てきたな」ぐらいにしか思っていないのだと思う。

広告代理店にだって、そんなすごい統計家がウジャウジャいるわけでもないから、突っ込むのは簡単なんだけど、その簡単なツッコミすら入れられないのが現状。

もうちっと勉強しようぜ。

というわけで部内でおすすめの本を紹介したりデスクに置いて、読んでもいいよ、って言ってるのに同い年の同僚一人以外誰も手に取ってくれない(泣)

 

ちょっとだけでいいから勉強しよう!

統計家になれと言っているんじゃない。僕だってそれは無理。ただ、統計家気取りでウソをつく奴には突っ込み入れなきゃいけないし、社内の分析チームと話すときに少しの統計の知識があるだけで分析の質がグンと上がるはずなんだ。

そのために少しでいいから統計をかじってみてほしいと思う。

 

 

あ、でも知り合いのデータ分析のスペシャリストと話してると、少しかじった程度で知っている分析手法を使ってなんでもやってみようと考えるのが一番マズい、って言われてるのも事実。

僕は、自分がちょっとかじった程度の知識しかないけど、ざっくりとはわかってるよ。だから話し合って良い分析結果にしようね、ぐらいの意識が持てるといいんじゃないかなと思ってる。

ガチの統計家にそんなことをいうと、鼻で笑われるか怒られるかのどっちかなのは知ってるけど。実際に何度かキレ気味に言われたことがある。「統計ってそんな甘いものじゃない。大学院まで行って学んで初めて分かるものなんだ」って。

 

でも僕がやりたいのは統計じゃなくてビジネスだからね。残念だけど、生真面目な統計家が何ヶ月もかけて分析している間に世の中は変わってるかもしれないし競合に先を越されているかもしれない。

だからそんなに深いところまでやるつもりはない。利益出せればそれで良し。

それこそ分析のための分析になってしまうから気をつけないとね。

 

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